エッセイ

恐るべき植物の能力(その2)

酸素の存在する惑星

いつだっただろうか、NHKテレビで地球誕生の歴史を扱った番組を観た覚えがある 。

それによると、誕生した頃の地球には酸素が存在しなかったそうだ。その後、光合成により酸素の存在する惑星となったとのことである。それを担ったのがシアノバクテリア(藍藻)。バクテリアと名がつくだけあって、細菌の一種である。要するに光合成を行う細菌である。これが地球上に誕生してから(数十億年前だとか)、太陽光によって光合成が開始され、それまで酸素のない大気に包まれていた地球に酸素が供給されて、私たち動物の祖先が誕生したという訳だ。バクテリアだと言って馬鹿にしてはいけない。このシアノバクテリアこそが私たちの祖先と言えるかもしれないのだ。

藍藻といえば

藍藻と言えば、金魚などを水槽で飼うときに緑色の藻がはびこって困るときがある。筆者は最近まで、川で獲った野生のメダカを育てていたが、すぐに水槽の壁に藻がくっついて、しばしば掃除したものだ。これが身近にみる藍藻であろう。

水質の問題でしばしば話題になるアオコもこの仲間のようだ。筆者が日常的に生き物観察を行っている笠松トンボ天国には、種々の生き物が棲んでおり、貴重な天然のビオトープになっている。残念ながら、ここでも環境の悪化が進行している。富栄養化のためだろうか、近年、アオコが目立ってくることもある。

湖沼がアオコで覆われると、その下にある水生植物は光合成が妨げられるため生育できなくなってしまう。また魚などの水生動物も死んでしまい、時に漁業被害としてニュースになる。それは植物の呼吸に関係するからだ。植物の呼吸?と言われてびっくりする人もおられるかもしれない。呼吸というと動物固有のことと思いきや、実は植物だって呼吸をするのだ。植物も酸素を吸って二酸化炭素を排出する。このことは中学校の科学の教科書にも記載が見られる。 昼間には活発に行われる光合成により酸素がどんどん供給されるため、植物の呼吸により使われる酸素の量なんかは無視できるが、問題は光合成が起こらない夜間。一面に覆ったアオコの呼吸によりひたすら酸素が消費され、酸素不足、つまり酸欠状態になって、水生動物は死に至る。大量に水生動物が棲んでいれば、余計に酸欠となり、大量死に至るであろう。

科学技術でもまだできない「光合成」

 さて、こんな太古の昔に誕生したシアノバクテリアが行ない、現存する植物が毎日行っている光合成、この反応については前稿で少しばかり触れた。これはまさに動物にはできない技で、素晴らしい科学技術力をもつに至った人類にしても、まだできないのだ。少しのもの真似でも容易ではない。

そもそも光合成で作られる酸素はどこから来るのだろうか。言うまでも無く、根から吸い上げる水である。水から酸素を作るわけである。水は酸素と水素から成っているから、水を分解すれば酸素ができるのは自明のこと。私たちが水を分解するためには、通常は電気使う電気分解を利用するしかない。水の電気分解と言えば、普通はそれによって得られる水素ガスだけが注目される。理想的なクリーンな燃料であり、大気中にはほとんど存在しないからだ。

環境浄化の切り札 光触媒

ところで、水を分解して酸素を作り出している植物は、もちろん電気を使ってはいない。では何を使うか。それが太陽光線なのである。植物は酸素を作り出しているが、水素は作らない。植物の場合には、主原料は水に加えて二酸化炭素もあるため、水素の代わりにもっと複雑な糖やデンプンを作っていることになる。いずれにしても、批判を承知で単純化すると、植物はまず水の光分解を行っていると言えよう。

これを人工的に行うことを初めて実現したのが本多-藤嶋効果と呼ばれる現象。これについては、すでに本ホームページの“新型コロナウィルスに思う(その3)”に書いたが、今では光触媒という名で環境浄化の切り札として知られているものである。

本多-藤嶋効果では、植物の葉緑素の相当するものが酸化チタンという物質。これが葉緑素と同様、光(実際は紫外線)を吸収する。光を吸収するということは、その光のもつエネルギーが酸化チタンに取り込まれること。具体的に言うと、チタンと酸素とが結合してできている酸化チタン、その結合に関与している電子が高いエネルギーを与えられて、酸化チタン内を自由に動き回れるようになるということなのである。この電子は高いエネルギーをもち(自由電子)、それと接触する物質に電子を与える(これが還元反応に相当)ことを意味している。

一方、光が吸収される前にあった電子が自由電子となって移動したことによって、元の位置には電子の“抜け殻”ができる。それを正孔と呼び、それと接する物質から電子を受け取りやすくなっている。 水があれば、その水から電子を奪う。水の立場から見ると、酸化チタンに電子を与えることになる。

電子をもらうことが還元とすれば、その反対の電子を渡すことは酸化。水は酸化されて酸素になる。というわけで酸素ができるわけである。別の言い方をすれば、酸化チタンにできた電子の抜け殻は水という非常に安定な物質すら酸化してしまうほどの力を持っていると言うことなのである。

人工光合成の可能性

ただ植物の行っている光合成と比べると、課題はたくさんあるのが事実。その一つが、植物は可視光線を使えるのに対して、酸化チタンは太陽光線にわずかしか含まれていない紫外線しか使えない点。酸化チタンを改良して可視光線を使えるようにする研究も進められているが、植物みたいに、可視光線で水を分解するのと比べれば、まだまだである。

もし本当に光合成が人工的にできるようになれば(人工光合成)、二酸化炭素を消費してくれるわけだから、地球温暖化を抑制してくれるはず。その環境問題の解決にとどまらない。水素というクリーンエネルギーを低環境負荷で作り出す意義はバカでかいはず。さらには糖やデンプンなどが人工光合成で作られれば食糧問題の解決にも、ひいては貧困からの脱却、南北問題などの解決の手がかりになりそうだ。 このように夢は勝手に描けるが、現実には、今に至るまで植物が行っているような本格的な人工光合成が実現されてはいないのだ。研究をやればやるほど、植物の力の偉大さを改めて感ずることになっているのではないだろうか。

色素増感型太陽電池について

 横道にそれたついでに話題をもう一つ。色素増感型太陽電池というこむずかしい名前の太陽電池だ。わかりやすく言えば、植物もの真似型太陽電池も言えるものだ。実は、筆者は、上記の本多―藤嶋効果に関係した研究に加えて、この色素増感太陽電池の研究開発にも携わっていた。

 植物の光合成の第一段階は、葉がもっている緑色の色素である葉緑素(クロロフィル)が太陽光を吸収すること。吸収された光のエネルギーは色素の中の電子を励起状態にすること。励起された電子は引き続き化学反応を引き起こして、最終的にはデンプンと酸素を作り出す非常に複雑な光合成を行う。

 それに対して、太陽光を吸収してできた電子を、反応させずに単に流れてゆくような仕組みを作ってやれば、電子の流れ、つまり電流となるわけである。こういう仕組みを実現するのが色素増感太陽電池というやつだ。色素には葉緑素に限らない。インクジェットプリンターなどにも使われているのが色素(染料)で実にいろんな色がある。天然色素を含めた様々な色の色素を使って、色素増感太陽電池を作る研究を行い、できたカラフル太陽電池をレインボーセル(虹色太陽電池)と名付けた。

これも光合成のシミュレーションの一つであろう。色素増感太陽電池自身は、スイスのグレッツェル先生が発明したものであるが、筆者らはそれをメッキで簡単に作る手法を考え出し、しかもプラスチックフィルムの上にメッキで作られるものであったため、屋根に設置してあるような従来の太陽電池からはイメージを一新したものであった。

 横道にそれたことばかり書いているうちに長くなってしまった。
一応、次稿に続くとさせてもらおう。