エッセイ

新型コロナウィルスに思う(その3)

前稿では光触媒が多くの有機物を酸化分解してしまうだけの強い酸化力を有することを述べました。本稿では、細菌やウィルスに対してもそれが有効に作用し、結果として抗菌、抗ウィルスをもたらすことを述べてみたいと思います。

細菌とウイルス

細菌は生物ですので、素性はよく分かっているのですが、ウィルス、とりわけ今話題となっている新型コロナウィルス(正式名はCOVID-19)については、ほとんど分かっていないようです。それの不活化を考えるに当たっては、まずウィルスとは一体どんなものか、構造はどうなっているのかなどを素人なりに考えてみたいと思います。
 ウィルスと細菌は時にいっしょくたになりがちで、「ウィルスを除菌する」といったような文章にも出くわすことがあります。ウィルスは細菌の一種といったような誤解を生みかねません。前にも書きましたように、細菌は一丁前の生物ですが、ウィルスは細胞もなく、自力でエネルギーを創り出したり、増殖したりすることができない点では生物としての資格を持っていないのです。細菌とウィルスとはサイズが違うだけではなく、本質的に全く別物なのです。でも、すごい勢いで増殖するんじゃない?との質問が来そうです。それは後に述べるように、動物の細胞の中に入り込んで、細胞の力を借りて増殖する訳で、ウィルスそのものだけではそのような機能は全く持っていません。

新型コロナウイルスの『コロナ』とは

ところで、新型コロナウィルスのコロナって何でしょう。皆既日食の写真を思い出してください。それらの写真では黒くなった太陽の周囲に白いモヤモヤとしたものが太陽から湧いている様に見えます。あれがコロナです。マスコミ報道で見慣れてしまった新型コロナウィルスも表面を覆うエンベロープ(前回書きました)表面から何か出ています。コロナウィルスのコロナもここから来ています。  

新型コロナウィルスでは、そのコロナに当たる部分はスパイクと呼ばれます。スパイクといっても金属製の鋭いものではなく、タンパク質からできています。実はこれがあるから私たちの喉などにくっついて感染してゆくことになるのです。ウィルスは動物がいないと存在し続けることはできませんので、このタンパク質でできたスパイクがまず重要な役割を果たします。最新の研究によると、このスパイクは外側に向かって広がり、まるで吸盤のような形であるとのことです。要するに、細胞にくっつきやすいようにできているようです。

ウイルスの中身は遺伝情報

ではウィルスの中身はどうなっているのでしょう。それは実に単純で、膜の中にはDNAまたはRNAがあるだけです。DNAやRNAは遺伝情報です。最近では犯罪捜査や親子の鑑定などでDNAによる鑑定が行われるようになりました。個人を特定できるわけです。筆者は身近な生きものの観察を通じて生物多様性に関心を持っていますが、ここで大きな問題となっている一つが外国から移入された外来種。それに加えて、国内の外来種、つまり国内の他の場所の生き物が別の場所に移入されて生息するようになった種ですが、こういった生き物が混じる場合もあるわけで、これもDNAによる分析でその種がどこからきたものであるかを特定することができます。

このようにDNAやRNAは遺伝情報が集まったものですから、ウィルスとは膜に包まれた遺伝情報と言えます。この遺伝情報はタンパク質を作るための言わば設計図です。ですから、素人流にウィルスを言えば、設計図のみをもち、それがタンパク質からできている膜で覆われ、表面には他にくっつきやすいスパイクがあるという構造であると言えましょう。ちなみに新型コロナウィルスはDNAではなく、RNAをもつタイプです。

ウイルスに感染するとは

では、ウィルスはどのようにして人体に入り、感染を引き起こすのでしょうか。前に書いたように、ウィルス単独では増殖能力を持ち合わせていません。子孫を残すためには、何かの生きた細胞にくっつく必要があります。専門的に言えば吸着です。寄生される側は宿主と呼ばれています。
子孫というと生物であるように錯覚しますが、わかりやすくするためあえて使います。外向けに広がったスパイクタンパク質が吸着をしやすくしているのは前述の通りです。
 そもそも生物ではないウィルスの表面はなぜタンパク質でできているのでしょう。一見するとちょっと不思議な気がします。それは、宿主から放出される際、宿主側のタンパク質の衣をつけて出てきたからと考えれば納得がいきます。ですから私たちの体内の細胞のタンパク質とウィルス表面のタンパク質とは、もともと仲が良い関係であると言えます。
別世界からきたとんでもなく怖いウィルスが私たちを襲ってくるというイメージをもってしまいますが、その点を考えると、私たちとウィルスは意外と相思相愛なのかもしれません。ひょっとしたら私たちの分身かもしれません。

このように考えると、パンデミックを引き起こした今回の新型コロナウィルスや過去のスペイン風邪、ペストなどの強い感染力が感覚的には納得できそうです。

 こうして宿主の細胞に吸着したコロナウィルスは、ウィルスの表面のタンパク質と宿主の標的細胞とが融合して、ウィルスのタンパク質が分解され、ウィルス全体として細胞内に取り込まれてしまいます。その結果、膜の中にあったRNAが細胞の核に入り込んできます。ここまで来ると、ウィルスの遺伝情報が宿主の細胞をハイジャックしたと同じ状況となり、ウィルスのやりたい放題となります。
すなわち、宿主のRNAとタンパク質をどんどん複製します。
ウィルスはタンパク質と遺伝情報(DNAまたはRNA)のみからできているため、新型ウィルスの場合にもRNAとタンパク質の二つの構成物ができれば、それが組み立てられてウィルスになります。
こうしてウィルスのコピーが大量に作られることになるわけです。
 こうして複製されて大量にできたウィルスが他の細胞に感染して、ある時点で感染症として発症することになります。また、複製されたウィルスが細胞から放出されると、他人への感染となります。

光触媒によるウイルスの不活化

ということで、コロナウィルスについては、エンベロープを破壊しさえすれば不活化ができるはずです。このエンベロープは宿主細胞と同じタンパク質、つまり有機物です。ということは光触媒により分解されるであろうと推測されます。実際に2002年から3年にかけて流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)をきっかけに光触媒によるウィルス不活化の研究が盛んに行われ、その効果が実証されました。
  研究はインフルエンザウィルスを用いて行われましたが、宿主細胞に吸着するためのスパイクに相当するのが通常、HAと略されるヘマグルチニンというタンパク質。これが宿主細胞に吸着して感染に至る訳ですが、光触媒はまずこれを酸化分解してしまいます。その結果、タンパク質が変性を起こして、宿主細胞に吸着できなくしてしまいます。

こうなるともう感染に至らないわけで不活化の目的が達せられることになります。光触媒の酸化力は、そのHAを変性させるにとどまらず、ウィルスの中身の遺伝情報であるRNAを有機物として分解してバラバラにしてしまうほど強いのです。ダメ押し的に不活化してしまうわけです。ウィルスより大きな細菌の機能を押さえ込むどころか、酸化分解してバラバラにしてしまうことも分かっていますので、うんと小さなウィルスを分解してしまうのは当然とも言えるかもしれません。細菌であれ、ウィルスであれ、有機物として見るのであれば、細菌の種類、ウィルスの種類を問わずということになります。つまり、○○菌、○○ウィルスだけに効くというのではなく、細菌やウィルスの種を問わず効くというメリットがあるということになります。新型コロナウィルス(COVID-19)のように、新たに変異してできたウィルスでも、今後できるであろう新型ウィルスに対しても有効なはずです。

 ということで、ウィルスの不活化に対する光触媒の作用がわかりました。しかしこれで完成というわけにはいきませんでした。まず問題となったのは、酸化チタンは太陽光線にわずかしか含まれていない紫外線しか利用できない点です。その光を吸収しなければ酸化力を発揮できないからです。ましてや室内には紫外線はいっそう少ないわけで、仮にそれに見合うだけの量のウィルスを対象とするのならよいとしても、やはり現実的ではありません。
その点を解決するには、室内灯にも応答する光触媒、すなわち可視光応答型光触媒を開発する必要がありました。

 酸化チタンの中に窒素やイオウといった他元素を入れ込んで(ドーピングと呼んでいます)可視光線を吸収させるようにする試みも過去にいくつか行われました。筆者もそれに関する研究も少し行い、論文も発表しました。しかし、これが実用化レベルになるまでにはブレークスルーが必要でした。

それは10年余り前のこと、パイオニアの藤嶋先生のグループの橋本和仁東大教授(当時)らにより、酸化チタンと銅イオンクラスターと呼ばれるものを組み合わせた画期的な可視光応答型光触媒が開発されました。これでいっきに新たな実用化への扉が開かれたのです。この画期的な可視光応答光触媒の開発はマスコミでも大きく取り上げられたことを覚えています。
 これの実用化研究は、2007年~2012年に経済産業省傘下のNEDOが実施した「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」という巨大プロジェクト(予算額は数十億円だったはずです)で大学、公設研究機関、企業との連携で進められました。実は筆者はこのプロジェクトの中間評価委員会の責任者を務めさせていただいたのです。

イメージです

それ以前にも光触媒の製品化は進められておりました。医療関係では手術室の壁に光触媒コーティングされたのが最初だったと記憶しています。手術室や集中治療室への光触媒タイルの施工は広く行われています。いうまでもなく、院内感染を防止するためですが、それ以外にも汚れに強いメリットもあるようです。

空中に浮遊するウイルスのため

ところで、細菌やウィルスが光触媒によって酸化分解されるためには、それらがまず光触媒に接触する必要があります。もしウィルスなどが空中を浮遊していれば、それらは分解されないことになります。それを解決するために、ファンで積極的に空気を集めて光触媒フィルターを通す方式、 つまり光触媒付き空気清浄機もいくつか開発されて商品化されています。

これにより、約1時間で浮遊ウィルスをほぼ100%除去できるというデータもあります。
 今回の新型コロナウィルスではドアノブなど私たちが触れるのを避けがたい場所を絶えず消毒するといった処置がなされるようになりましたが、そういった所に光触媒コーティングをすれば、付着したウィルスが不活化されることになるため、このような展開も有望かと思います。いったん光触媒コートを施すと、長期間にわたって安定に存在するため、メンテも容易とのことです。

正しく認証された商品を

 新型コロナウィルスによってマスクの重要性が改めて認識されました。それに伴って、光触媒付きマスクや通常のマスクに光触媒の液をスプレーするといったものもあるようです。
このように、光触媒技術の素晴らしさが認知されて、様々な製品が世に出回るようになると、光触媒という名前に便乗してまがい品も出回るようになってきました。したがって、光触媒を謳っているから安心というわけにはいかず、その点にも気をつける必要がありそうです。最近は決められた標準的な試験方法によって性能を評価する制度もできており、そういった認証制度における合格品を求めたいものです。

事務局より

この記事で紹介されている「光触媒」の技術を応用した商品が各メーカーから出されていますので、ご紹介させていただきます。

ハイドロテクトは、光触媒を利用し光や水の力で地球も暮らしもきれいにするTOTOの環境浄化技術であり、技術ブランドです。 ハイドロテクトの膜を建材や建物などの材料表面に形成すると「空気浄化」「セルフクリーニング」など暮らしや地球環境に役立つ効果を発揮します。

お好みのカラーを自由に組み合わせることによって、 オリジナルの外観デザインを可能にし、 「アイディア×個性」のクリエイションで 人々の記憶に残る印象的な壁面を創造します。

【ケイミュー 光セラ】パナソニック+クボタ

晴れの日「汚れを分解」、雨の日「きれいに洗浄」。空気中の有害物質(NOx)を無害化するなど、光触媒の壁で365日セルフクリーニングします。