エッセイ

新型コロナウィルスに思う(その2)

光触媒によるウィルスの不活化1

先日、ある方から私に問い合わせがありました。新型コロナウィルスに光触媒は有効ではないのですかというものでした。実は筆者は、大学在職中にこの光触媒に関連した分野に身を置いていたため、光触媒の効果についてこのコラム欄にいつかは書こうかなと考えていました。しかし、マスコミ等でもあまり触れられていないこともあって、前稿ではあえてそれには触れませんでした。しかし、2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が世界に広がったことをきっかけに、新千歳空港で光触媒によるウィルス不活化の実証実験が行われ、その効果が実証されたことが私の記憶にあり、今回改めて光触媒によるウィルスの不活化に関して書くことにしました。ウィルスの話に入る前にまず、光触媒そのものについて述べましょう。

光触媒は我が国発の素晴らしい技術の一つです。機能を発揮するのは主に酸化チタンという無機化合物。昔からおなじみの白色顔料です。これに光(正確には紫外線)を当てると表面に強い酸化力が生じて、汚染物質などを分解したり、その結果として消臭されたりするもので、環境浄化を中心に実に多くの用途が広がりつつあります。 これを発見したのは東京大学で研究をスタートされた若き日の藤嶋昭先生。ここのところ毎年秋になるとノーベル化学賞候補者としてマスコミに登場されるあの方です(図1)。

図1 藤嶋 昭 先生

ノーベル賞受賞候補者としてネットで調べると確実にヒットします。その基本原理を発見されたのはもう半世紀ほど前のことです。図2は、1974年の朝日新聞元旦号のしかも一面トップを飾った記事です(古い新聞で大変見にくくなってます)。太陽光で水からクリーンエネルギーの代表である水素を作るといった夢のような内容が書かれています。時代は、1973年に始まった第四次中東戦争の影響で最初のオイルショックが襲い、石油に頼らないエネルギー開発に世界の注目が集まり始めた頃。大手新聞の元旦号でのトップ扱い、いかにインパクトの大きい発見であったかがわかりますね。もちろんこの段階では、光触媒という言葉さえありませんでした。

図2 朝日新聞の記事(1974年元旦号)

地球は水の惑星と言われるくらい水が豊富な星です。水はとにかく安定な物質です。どんな化石燃料を燃やしても最後は安定な二酸化炭素と水になります。もしその逆の反応を起こすことができれば、エネルギー問題や地球温暖化問題もたちどころに解決できてしまいます。でもそれは現状では無理です。酸素と水素から成る水ですが、その水から酸素と水素に分解するだけでも大きなエネルギーを加えなければなりません。中学校などで学んだように、水を電気分解して酸素と水素に分けようとすると2ボルトくらいの電圧が必要なのです。酸化チタンにそういった電気エネルギーを加えることなく、光を当てるだけで酸素と水素に分解してしまう藤嶋先生らの実験結果は当時、そんなことができるわけがないと我が国の学会でも一笑に付されたとの話もありました。藤嶋先生らの発見は、皮肉なことに外国でまず評価され、彼らが“Nature”に投稿された論文によって日本で再評価されるようになったとのことです。外国で“Honda-Fujishima Effect”と呼ばれるようになり、我が国でも「本多-藤嶋効果」としてその後の科学の進展に大きなインパクトを与えたものになったわけです。近年になって、日本人の名を冠した科学における○○効果なんて他にほとんど知りません。

その原理を簡単に示したのが図3です。酸化チタンに紫外線を当てると価電子帯と呼ばれる電子が励起されてエネルギーの高い状態となり、それまで存在していた電子の抜け殻(正孔と呼ばれます)が生じます。縦軸は電子のエネルギーです。電子はものを還元する作用をもつのに対して、正孔は反対にものを酸化する力をもっています。その程度はその図中に示した塩素、過酸化水素、オゾンといった酸化する力の強いとされている化学物質よりも酸化力が強いことを示しています。そのために水すら酸化されてしまうわけです。

この発見は、筆者が岐阜大学工学部に赴任して研究テーマを探して試行錯誤を繰り返している頃でした。これに大きな影響を受け、その後の筆者の研究テーマの方向を決めたのでした。その後、藤嶋先生とは同世代であることもあって、今に至るお付き合いをさせてもらっております。

図3 酸化チタン光触媒原理図

その後、筆者は紫外線しか利用できないこの酸化チタンに代って、もっと太陽光線にたくさん含まれる可視光線の利用を可能にするために別の半導体を用いた研究を開始ました。その結果、黄色の顔料としてよく知られていた硫化カドミウム(CdS)を扱うこととし、それをイオウを含む水溶液中に浸して電池を構成し、可視光線で作動させる太陽電池を考え出しました。これも火山国日本には豊富にあるイオウを用いた新しい太陽電池と言うことで、日経新聞に掲載していただきました(図4)。

図4 日経新聞の記事(1979年5月25日)

さて、「本多―藤嶋効果」の発見は石油などの化石資源に乏しい我が国の救世主になるかと注目されたのですが、いかんせん、効率の向上がなかなか図れず、実用化には困難が多いということで、エネルギー創出という研究は下火になりました。大きな流れとしては、同じ「本多―藤嶋効果」を利用するとしても、大量に生成してなんぼということから、少量を相手にして実用化できるものへの展開が図られたのです。それが光触媒というわけです。つまりエネルギーという言わば大量に創り出すことが必要なものから、少量の汚れを分解処理するといった太陽光中に含まれている紫外線の量にふさわしい量を対象とする環境浄化へとシフトしたわけです。言い換えれば、エネルギー源になって大量生成を必要とするものには向いてないなら、少量でもやっかいなものを処理するために使おうということです。部屋のたばこ臭、シックハウス症候群の原因物質ホルムアルデヒド、窒素やイオウを含んだアンモニアや硫化水素といった悪臭物質、これらはごく微量でも私たちには不快と感ずる物質です。これらなら太陽光に含まれる少ない紫外線の量でも有効に分解できてしまうのです。水という非常に安定な物質すら分解してしまう光触媒、多くの有機物はもっと簡単に分解してしまうというわけです。ということで、国家プロジェクトとしても進められました。膨大な実用例があり、今ではエアコンにも光触媒が備えられてないものは無いくらいです。東海道新幹線のぞみにも光触媒式空気清浄機が備えられています。

実は我が家の外壁にも光触媒が塗装してあり、そのおかげでセルフクリーニングされて掃除不要、メンテ不要となっています。車の排気ガスなど有機物が壁に付着し、そこにホコリなどがくっついて汚れるのですが、光触媒コーティングが施してあると、有機物質が吸着する後からすぐに光により分解され、雨が降ればホコリなどは除去されるわけです。大量にたまった汚染物質を対象とするのではなく、汚れた段階で少量の段階で処理するという発想です。光触媒はそういった用途にふさわしいということで非常に多くの企業が商品を世に送り、一大市場になってきました。怖いウィルスだって、存在する濃度は決して高いわけではありませんから、この点では光触媒の対象にふさわしいと考えられるわけです。

 考えて見れば、細菌やウィルスだってタンパク質から成り、有機物なのです。したがって、光触媒により簡単に分解されてしまうはずです。そのあたりのお話は次回以降にしましょう。