エッセイ

居住空間における除菌に関する提言

新型コロナウィルスの世界的感染が始まり、皮肉なことに対ウィルスに関する新たに関心の高まりが見られるようになってきた。私たちの身体をウィルスに対して防御する基本は自己免疫力を高めることであるが、いったん発生が見られたら、居住空間へのウィルスの侵入を抑制することなど生活環境における防御が重要になることは言うまでも無い。ここでは、健康住宅をめざす視点から、まずいくつかの点についての確認から始めたい。36、7℃のお湯を飲むとウィルスが死ぬといったフェイクニュースがSNSを通じて拡散されたり、明らかに偽りとわかることすらつい信じ込んでしまったりと、健康リテラシーというか、情報リテラシーの不足が目につくからである。

殺菌?除菌?抗菌?

かねてから除菌グッズとか抗菌グッズと呼ばれる商品が世に数多く出回っている。感染症はウィルスが原因となる場合も、細菌が原因となる場合もあるため、除菌グッズと言っても、一般には細菌もウィルスもあまり区別されずにいっしょくたに扱われることがある。正確に言えば、細菌とウィルスとは全く別物で、前者が生物であるのに対して、後者は無生物であり、いわば「物質」と言ったほうが良いかもしれない。細菌は細胞を持ち、細胞分裂により自らが増殖してゆくのに対して、ウィルスは細胞を有せず、自分では増殖もできない。ウイルスは動植物の細胞の中に入りこむことができる。どの生物のどの種類の細胞に入り込めるかは、ウイルスの種類によって異なる。いずれにしても動植物の細胞に入り込んで、その細胞の機能を使って増殖してゆくのである。サイズも、細菌は光学顕微鏡で観察できるのに対して、ウィルスは光学顕微鏡では観察できないくらい小さく、電子顕微鏡でのみ観察が可能である。

これに関連して、殺菌、滅菌、抗菌といった用語もあまり区別されずに使用されている場合もある様に見受けられる。抗菌は細菌の増殖を抑制すること(カビ菌を別)であり、除菌は、洗ったりして物理的に取り除くことで、殺菌は死滅させることである。基本的に生物ではないウィルスに対しては殺菌という用語はふさわしくないことになる。ウィルスについては、殺菌に代って不活性化という言葉が正しい。

ウィルスにはエンベロープと呼ばれる脂質の膜で表面が覆われているインフルエンザウィルス、新型コロナウィルスなどとそれのないノロウィルスなどに分類される。エンベロープの有無を問わず、核酸のDNA かRNA のどちらか一方とそれを保護するカプシドがウイルスの基本構造である。前者はエンベロープを破壊させれば不活性化する。アルコールやエーテルなどの有機化合物は脂質を溶かすことにより不活性化することができるため、特に消毒用アルコールが広く用いられている。 インフルエンザウィルス用には次亜塩素酸も同様な効果があるとされて、商品も市販されている。次亜塩素酸の強い酸化力でエンベロープを破壊するためである。この次亜塩素酸は水の滅菌用に添加されているが、長期にわたって体内に取り込むと、遺伝子に悪影響を与えるとも考えられ、注意深い検討が必要であると個人的には考えている

植物がもつフィトンチッドの力に注目

抗菌や抗ウィルスについて、アルコールや次亜塩素酸といったいわば人工的に合成される薬品に頼るよりも、植物の持つ殺菌力を活用するのが地球全体の環境保全の観点からも望ましいのは言うまでも無い。植物が自らは移動もできず、厳しい環境に打ち勝って今まで生き延びてきたのは、長い歴史の中で獲得してきたその能力ゆえである。フィトンチッドと呼ばれるものはその中の一つである。これについて少し詳しく記載しよう。 このフィトンチッドは、1930年頃に旧ソ連のトーキン博士が、樹木を傷つけると周辺の細菌が死んでしまうという実験結果から、樹木は進入してくる虫や細菌から身を守るために、自ら作り出した物質を発散していることを発見し、命名されたものである。それは森を歩くと気持ちよいと感ずる木の香りであり、人間にとっては生気をもたらす物質でもある。実際にこのフィトンチッドを用いた殺菌、抗ウィルスの商品も市販されている。

フィトンチッドの抽出方法

フィトンチッドを植物から抽出する一般的な方法には、植物を蒸し上げて発生する蒸気に含まれる成分を冷却して液体として取り出すいわゆる水蒸気蒸留法がある。これにより得られるいわゆる精油成分はごく少量で効率が低い。そのために100℃以上に加熱して抽出効率を向上させようと考えられたのが今で言う亜臨界抽出法である。岐阜県森林科学研究所(現岐阜県森林研究所)、(有)アイ・ジャパンの前身である「水熱化学研究組合」が、東大の矢田貝光克教授(当時)のアドバイスの下で、共同で開発し、1996年に亜臨界抽出装置を完成させた。当時は亜臨界抽出という言葉はなく、上記の研究チームがこの分野の権威であった東北大学の新井邦夫教授(現名誉教授)に了解を得て、亜臨界抽出と命名したとされている。これについて少し説明を加える。

亜臨界抽出とは

圧力釜の様に、水を入れた空間の中を閉じた上、加熱すると、やがて水が蒸気になってゆく。そして飽和水蒸気の状態になり、さらに温度を上げれば、中の圧力が上がってゆくと共に、密度も水の状態と同じ程度に高くなり、液体なのか気体なのかわからない状態になる。これは臨界点と呼ばれ、水の場合には、374℃、22.1MPaに相当する。これ以上に温度を上げると超臨界状態とよばれる状態になる。この超臨界状態では水と水蒸気の両者の性質をもった流体となり、分子が激しく動き回っているため、植物から機能性成分を抽出したり、通常の状態では分解処理が難しいダイオキシンなどの難分解性と呼ばれる物質を分解処理するなど、様々なことが可能になる。水と油は通常は溶け合わないが、超臨界水は多くの有機物と混じり合う。

超臨界状態はいわばこのような過酷な状態であり、そこまで行かなくても効率的な抽出は可能である。臨界点よりやや低い領域が亜臨界状態であるが、超臨界では植物なども破壊し尽くすくらいの力を持つのに対して、亜臨界状態ではより温和な条件で、効率よく抽出されるわけである。

また亜臨界水には、アルカリの元であるOHイオン、酸性の元であるH+イオンの濃度が通常の水の約30倍も存在することが知られている。したがって酸としてもアルカリとしても作用し得ることになる。しかも通常の水より分子が活発に動くため、植物から効率よく成分を抽出することができると考えられる。

亜臨界水にはもう一つ特異な性質がある。水は酸素原子と水素原子からできているが、酸素はマイナスの電荷を、水素はプラスの電荷をもつため、極性がある。したがって食塩などいろいろなものを容易に溶かすことができるわけである。しかし、極性の低い油などを溶かすことができない。つまりよく知られているように、水と油は溶け合わないわけである。ところが亜臨界水になると、その極性が低くなって油のそれに近くなるため、油を溶かしうる様になり、水と油が混じり合うことになる。これが、植物の亜臨界抽出により得られる亜臨界水となり、その中には精油成分が溶け合ったフィトンチッド水となるわけである。

今後に期待!亜臨界水の商品

Clean Airはこれを用いてつくられたものであるが、必要なときにスプレーして使用する。100%植物由来であり、亜臨界状態という高温処理を経ているため、経口しても全く無害であり、むしろ体内に取り入れても健康づくりにも貢献することが分かっているため、安心・安全がしっかり担保されている。したがって居住空間において様々な使用形態が可能である。

最も効果的と考えられるのは、加湿器のタンクにフィトンチッド水を入れて作動させると、部屋中にそれが満たされ、除菌効果と共に森林浴効果が得られ、快適な居住環境が得られることになる。

もっと簡単なものであれば、マイクロポーラスの構造を有する担体にフィトンチッドを担持させ、ゆっくりと放出させてやる仕組みを考えることである。担持されたフィトンチッドが放出され切ってしまった場合には、再処理により再担持が可能になる手法を考える必要がある。なお、担体にはマイクロポーラスのセラミックス、プラスチック、布、紙などが考えられよう。

ただし、このフィトンチッドを含む亜臨界水がインフルエンザに対してはそれを抑制する作用があるというデータはあるが、新型コロナウィルスなどのウィルスに有効かどうかに関する科学的データはまだないのが現状である。これからの検証が待たれる。